生まれいずる悩み

有島武郎の名著、うまれいずる悩み。
芸術というものを生もうとする人間の必死の葛藤と、その虚しさを描いた自然主義文学の極北に存在する一里塚。
結局、そういったものと同じで、社会的人間たることや公器として振る舞うことも同じように小さきものに生まれいずる悩みなのかもしれない。
例えば、大江健三郎が死者の奢りと飼育で描いたように、芸術というものに囚われている人間は一種の不能者であり、教養の病にかかっており、そこから抜け出すには、教養の発露としての政治活動への昇華以外に方法は無いのかもしれない。
ところで、私たちは生まれいずる悩みを超克した社会人として、政治的人間として、社会に参画するわけですが、芸術や教養はその超克して捨て去ったはずの青春の悩みや、真の欲求といったものを時として思い出させ、私たちの人生の困難さを炙り出してくれます。
そんな悩みなんてない。
そうです。私たちはそういった問いを後回しにして大人になるしかありません。子供時代は、青春時代はあまりに淡く短いものです。
私は人類の知の信奉者ですから、人知を尽くしてみないと何事も納得できません。
しかし、人知を尽くしてみても納得できないこともあります。
そこに政治や、社会的参画の必要性があり、最後の心のよりどころとして宗教や哲学と言った思想があるのでしょう。
何が言いたかったかというと、このような雑記でさえ、生まれいずる悩みの後にしか表現されないのだという事実を少し考えてみたかったのでした。
まあ、しょせん、私の借り物の知識は"死者の奢り"にまみれた、手あかのついたものです。
ただ、どんな下らないことも最初の一人がいて初めてあるものではあるのですが…。

青空文庫 うまれいずる