(序文)
本章では、財務報告を支える基本的な前提や概念のうち、その目的の記述に主眼が置かれている。基本概念の体系化に際し、財務報告の目的を最初にとりあげたのは、一般に社会のシステムは、その目的が基本的な性格を決めているからである。財務報告のシステムも、その例外ではない。
ただし、どのような社会のシステムも、時代や環境の違いを超えた普遍的な目的を持つわけではない。
財務報告制度の目的は、社会からの要請によって与えられるものであり、自然に決まってくるのではない。とすれば、この制度に対し、いま社会からいかなる要請がなされているのかを確かめることは、そのあり方を検討する際に最も優先すべき作業であろう。
財務報告はさまざまな役割を果たのしているが、ここでは、その目的が、投資家による企業成果の予測と企業価値の評価に役立つような、企業の財務状況の開示にあると考える。自己の責任で将来を予測し投資の判断をする人々のために、企業の投資のポジション(ストック)とその成果(フロー)が開示されるとみるのである。
もちろん、会計情報を企業価値の推定に利用することを重視するからといって、それ以外の使われ方を無視できるわけではない。本章では、会計情報の副次的な利用の典型例やそれらと会計基準設定との関係についても記述されている。
(本文)
(ディスクロージャー制度と財務報告の目的)
1.企業の将来を予測するうえで、企業の現状に関する情報は不可欠であるが、その情報を入手する機会について、投資家と経営者の愛大には一般に大きな格差がある。このような状況のもとで、情報開示が不十分にしか行われないと、企業の発行する株式や社債などの価値を推定する際に投資家が自己責任を負うことはできず、それらの証券の円滑な発行・流通が妨げられることにもなる。そうした情報の非対称性を緩和し、それが生み出す市場の機能障害を解決するため、経営者による私的情報の開示を促進するのがディスクロージャー制度の存在意義である。
2.投資家は不確実な将来キャッシュ・フローへの期待のもとに、自らの意思で自己の資金を企業が資金をどのように投資し、実際にどれだけの成果をあげているかについての情報を必要としている。経営者に開示が求められるのは、基本的にはこうした情報である。財務報告の目的は、投資家の意思決定に資するディスクロージャー制度の一環として、投資のポジションとその成果を測定して開示することである。
3.財務報告において提供される情報の中で、投資の成果を示す利益情報は基本的に過去の成果を表すが、企業価値評価の基礎となる将来キャッシュ・フローの予測に広く用いられている。このように利益の情報を利用することは、同時に、利益を生み出す投資のストックの情報を利用することも含意している。投資の成果の絶対的な大きさのみならず、それを生み出す投資のストックと比較した収益性(あるいは効率性)も重視されるからである。
(本文)
(財務報告の目的による制約)
3.貸借対照表と損益計算書が投資のポジションと成果を開示するという役割を担っているため、それぞれの構成要素は、これらの役割を果たすものに限られる。構成要素の定義は、財務報告の目的と財務諸表の役割に適合するかぎりで意味を持つのであり、そうした役割を果たさないものは、たとえ以下の各定義を充足しても、財務諸表の構成要素とはならない。
(資産)
4.資産とは、過去の取引または事象の結果として、報告主体が支配している経済的資源をいう。
(負債)
5.負債とは、過去の取引または事象の結果として、報告主体が支配している経済的資源を放棄もしくは引き渡す義務、またはその同等物をいう。
(4)ここでいう義務の同等物には、法律上の義務に準じるものが含まれる。
(5)繰延収益は、この概念フレームワークでは、原則として、純資産のうち株主資本以外の部分となる。
(純資産)
6.純資産とは、資産と負債の差額をいう。
(株主資本)
7.株主資本とは、純資産のうち報告主体の所有者である株主(連結財務諸表の場合には親会社株主)に帰属する部分をいう。
(包括利益)
8.包括利益とは、特定期間における純資産の変動額のうち、報告主体の所有者である株主、子会社の少数株主、及び将来それらになり得るオプションの所有者との直接的な取引によらない部分をいう。
(純利益)
9.純利益とは、特定期間の期末までに生じた純資産の変動額(報告主体の所有者である株主、子会社の少数株主、及び前項にいうオプションの所有者との直接的な取引による部分を除く。)のうち、その期間中にリスクから解放された投資の成果であって、報告主体の所有者に帰属する部分をいう。純利益は、純資産のうちもっぱら株主資本だけを増減させる。
(包括利益と純利益の関係)
12.包括利益のうち、(1)投資のリスクから解放されていない部分を除き、(2)過年度に計上された包括利益のうち期中に投資のリスクから解放された部分を加え、(3)少数株主損益を控除すると、純利益が求められる。
(10)このことをリサイクリングということもある。
(11)本章第12項の(2)の処理に伴う調整項目と、(1)の要素を合わせて、その他の包括利益と呼ばれることもある。
(収益)
13.収益とは、純利益又は少数株主損益を増加させる項目であり、特定期間の期末までに生じた資産の増加や負債の減少に見合う額のうち、投資のリスクから解放された部分である。収益は、投資の産出要素、すなわち、投資から得られるキャッシュ・フローに見合う会計上の尺度である。投入要素に投下された資金は、将来得られるキャッシュ・フローが不確実であるというリスクにさらされている。キャッシュが獲得されることにより、投資のリスクがなくなったり、得られたキャッシュの分だけ投資のリスクが減少したりする。一般に、キャッシュとは現金及びその同等物をいうが、投資の成果がリスクから解放されるという判断においては、実質的にキャッシュの獲得とみなされる事態も含まれる。収益は、そのように投下資金が投資のリスクから解放されたときに把握される。
(費用)
15.費用とは、純利益または少数株主損益を減少させる項目であり、特定期間の期末までに生じた資産の減少や負債の増加に見合う額のうち、投資のリスクから解放された部分である。費用は、投資によりキャッシュを獲得するために費やされた(犠牲にされた)投入要素に見合う会計上の尺度である。投入要素に投下された資金は、キャッシュが獲得されたとき、または、もはやキャッシュを獲得できないと判断されたときに、その役割を終えて消滅し、投資のリスクから解放される。費用は、そのように投下資金が投資のリスクから解放された時に把握される。